恋をするには煩悩が多すぎる

ジャニオタ道に足の先を踏み入れたくらい、今。

視聴者に高度なメディアリテラシーを要求する櫻井翔"キャスター"ー日経エンタテインメント2016年11月号櫻井翔インタビュー感想

今年も!2016年11月号の日経エンターテインメントのインタビュー、面白かったですね!

翔潤の話とか、言及したいことはいっぱいありますが、引き続きこの「ジャニーズ事務所所属でジャーナリストになれるのか問題」について語りたいと思います。勝手にな。
前回はこちら。

carakarax.hatenablog.com

■アイドルは、アイドルという虚像を共有する世界観とセット

今年はじめ、SMAPの解散の噂が出たときにジャニオタの友人と激論を交わした。
私は彼女の「解散は許せない」という発言にまったく共感できなかった。彼女いわく、ここまで大きなグループになれたのは彼らが提供していくる高度なエンターテインメントはもとより、ファンが彼らを信じて育ててきた部分が多いのであるから、勝手にその共有財産をストップさせるのは許せない、と。
解散を許せないと言っている人は彼女のほかにもいて、わたしはこの2年どっぷり浸かってきたと思っていたジャニーズアイドルというものの楽しみ方というものをやはり完璧にはわからない派のひとなんだという認識を新たにした。
たとえば、私は人生の20年以上を捧げてきたバンドがあって(ツアーがあれば最初と最後と真ん中は絶対いくし、CDはもちろん全部買うし、300曲以上あるバンドの曲、全曲イントロドンができる)それががある日突然解散しますと言われても受け入れる派の人間だ。音楽活動はここの職業選択と同じく、公開するも非公開にするも当人の自由であると思うし、外部からどれだけ思い入れを入れてきたかは当人の活動には全く関係ないと思っているから。ジャニーズのアイドルでも同じだと、わたしは考えている。

ただ、友人とわたしに共通する認識はあるのです。
私たちは彼らに提供されたアイドルという虚像を増幅しあって楽しんでいるだけだ、ということ。

■テレビ制作の分業・共同作業という特性

*1
テレビ報道における「受け手が思う責任のありか」というのはとても特殊なのだと思う。テレビのニュース報道というのは基本的に映像を撮影する人と、編集する人と、ナレーション原稿を書く人とそれを読むひとは全部別だ。(同じところもある)
簡単にいうとテレビのストレートニュースのキャスターは基本的に読んでる記事の取材をしていないわけで、それが真実であるかどうかは知り得ない。しかし伝えているのは「キャスター」という人間であり、受けてはそのひとから伝えられたものだと認識し、キャスターに対する印象がそのまま信頼性に直結する。実際には、ニュースの信頼度はキャスターは関係ないにもかかわらず。

 

■テレビの報道が利用している「アイドル」とは何なのか

つまり、ニュースキャスターの顔というのは報道する側が選び取る「真実性を帯びさせるための仮面」だともいえる。
今回の日経エンターテインメントの構成で一番面白かったなあと思うのは、NEWS ZEROでメインキャスターを務める村尾信尚さんのインタビューでここの根幹に関わる発言をいれていたこと。
そもそも見出しにとられた発言がこれ。

「誰が言うか」という最大の役割を理解し、果たしている

つまり、櫻井翔が語ることでファンの注目により伝えられる範囲が広がる、身近に感じてもらえるという役割。自分の意見をいうことが重要なのではない。
そこは本人も認識していて、

「嵐だから言うべきでないこと」って恐らくあります。でもそれより、「嵐の自分が出ていることによって伝えられること」のほうが大きいから。
 (中略)
 そのあたりは正直、村尾さんをはじめ周りの人たちが気を回してくださっている部分もすごくあって。そのことを歯がゆいと感じないと言ったら嘘になります。「本当は別の言葉でこう言いたいなぁ」という瞬間も、多くはないけど確かにあります。
 (中略)
 「何が何でも自分の主義主張を言いたい」ってことはありませんけど(笑)、そこに意味があるならそうしていきたいですからね。

と、本文インタビューで語っている。

ふたたび村尾さんのインタビューに戻ると

伝える立場であると同時に、自身がニュースになる存在である櫻井の難しさについては、こう語る

 覚悟してやっていると思います。
 (中略)
 僕ね、嵐のコンサートを見たとき、何に驚いたかって、ファンの多さだったんですよ。ここにいる方たちが少しでも政治に目を向けてくれたら、世の中もっと動くだろうに、と。

 

  つまり基本的には保持するファン層と影響力を利用されているにすぎないということです。自明なことだけれど、改めて冷静に把握しておくべきところなんだ。(そしてこれを村尾さんに言わせた日経エンタに拍手〜。できればPの言葉も欲しい〜)

■アイドルの課外活動は虚像ありき

これらのことから分かるのは、彼は彼自身の意見ではなく、存在意義を使っているにすぎないということなんですよね。伝えられる範囲が広いことのメリットが、発言に制約があり報道としてはいまいちなことのデメリットを上回っている。
*2
翔さんはインタビューの中でこうも言っています。

外国の情勢とかを見ていると、人っていうのは思いのほか流されやすいのかな、と思います。だから日本で同じような大きなうねりが起きた時に、しっかりと個々が判断できるような材料ーーおそらくは”知識”が主になってくると思うんですけど、そういうものを持つようにしていないと怖いなぁと、改めて思います

そう、私たちファンに求められているのはしっかりとした見識に基づく冷静な判断だ。私たちは、アイドル界の外ではアイドル本人と作り上げてきた虚像そのものを疑って生きなければならない。当たり前の、メディアリテラシー。伝えている人が誰であっても自分できちんとひとつひとつ判断すること、その判断のための材料を日々集め、学習して咀嚼しておくこと。

ここからは妄想だけど、その「試している」感を作り手側はわかっている。櫻井さんだって分かっている。そしてそれを分かってくれるだろうとぬるっとファンを信じているはずなんだ。真面目に勉強し勤勉に残業規制もない中給料制で働き、自分の身辺に気を配り、礼儀正しく仕事相手と接する。そんなアイドルは、コンテキスト的な使い勝手の悪さよりよりも、KPIと成果物の作り込みやすさへのメリットを制作側はとってるはずなんだ...


大好きな人を盲目的に信じるのは虚像のお互いのお戯れ、虚像の外に出てきたアイドルと対峙するために、今日もファンは試されているのでしょう。
うーん。私入ってるFCは嵐とNEWSなんですよね...試されてる...今週は小山さんの米大統領選番組もあるしね...日テレさんに試されているぜ...


*3

 

*1:報道における新聞とか雑誌、つまり活字媒体というのは、記者なりライターなりがいて、それをコントロールするキャップがいて、デスクがいて、さらにチームをまとめる存在がいてさらに編集長がいる、みたいな構成なわけです。訂正する人はたくさんいるけど、表現は基本的に「テキストを最初に起こした人」に起因するし、最終制作物も本人が確認できる(ことが多い)。(新聞は、見出しをつける人が全く別だったりするのでそれはそれでそこに生じる意見の相違みたいなのはあるのかも)まあ、それでも制作ラインは1つで、誰から伝えられたか、という印象は書いたひと本人(またはその所属組織)に直結する。記事提供の多いネットメディアでここの前提がテキスト分野においても崩れているのはまた別の話と今回はさせてほしい

*2:あとリオでメイクなしのべったり髮で到着直後に中継出演した話の部分で「僕が女性だったらはなしは別でしょうけど、男だからね!」っていうのはPC的にNGだろう・・・がんばれー

*3:改めて書いてて思ったけど、ジャーナリストにはなれないけど、キャスターにならなれるってことなのかな。